「ルカ、お誕生日おめでとう!」
「…………」
「ルカ?」
「え、いや、あぁ、ごめん。ありがとうアデル……」
今日の主役だというのに、目の前の親友は随分と呆けた顔をしていた。
そして髪に絡んだ紙ふぶきを数枚手に取ると、おもむろに口を開く。
「これ、アデルが1人で準備したの?」
色とりどりに飾り付けられた部屋と、テーブルに並んだ沢山の料理。煌めく豪華な食器の数々。
これらは全て、今日の彼の為に用意したものだ。
「料理は僕とベルで、飾りはミシェルさんがちょっとだけ手伝ってくれたよ。ちょっとだけね」
「そこ強調する?」
「だってあの人、こんな日まで仕事だって途中で投げ出して行っちゃったんだよ。ルカの顔も見ずにさぁ」
「そう……なんか所々気になるけどまぁいいや」
「……もっと喜んでくれると思ったのになぁ」
「え?何言ってるの。喜んでるよ、嬉しい、凄く。ただ、驚きが先に来ちゃっただけ」
「本当?」
「当たり前だよ。アデルがこんなに料理上達してるだなんて思ってもいなかったし……それに僕――」
「『今日が誕生日だって忘れてた』!!」
「……うん、そう」
やっぱり。そんな事だろうと思った。
今日はルカの誕生日。だけど彼が自分から誕生日パーティーなんか開くわけがない。
だからこそ、僕が張り切って準備していたのだ。
それに、彼は来年には……。
「ごめんって。ほら、僕今は誕生日好きじゃないからさ」
「ミシェルさんと同じこと言う。それは勿論分かってるけど、でも――」
「なんてね。さ、冷めちゃう前に早く食べよ!全部美味しそう」
「あっ、ちょっと!」
彼が歳を重ねることを嫌がるようになった理由は単純。
来年、彼は18歳。つまりこの国では成人だ。
隣国の元公爵貴族である彼は今、離散したはずの親類に再び故郷に呼び戻されている。
その猶予が、彼が成人する来年の誕生日。その後、彼はサフィルヴァーグへと発ってしまう。
跡継ぎだったルカを呼ぶくらいだ。きっとまた、家絡みの何かがあるんだろう。
(庶民には分からない世界だけど……随分と勝手だな)
僕がシュテルンツェルトへ行くと決まった時も、彼はこんな気持ちだったのだろうか。
もしそうだったら、僕はきっと彼に散々辛い思いをさせてきた。
……なんていうのは、自惚れか。
椅子に座りもせずに白パンを齧る行儀の悪い彼を見ていると、本当に貴族だとか礼儀だとかそういうのが嫌いなんだと分かる。それにしても、だけど。
「もう。ルカ、ちゃんと座って食べて」
「ん、ごめん」
そういう意味では、レニーやユリさんと気が合ったんじゃないか……と思ってしまう。
彼がシュテルンツェルトにいたら。もしかしたら、少し違った未来があったかもしれない。なんて。
「アデル。僕の気のせいじゃなければこの料理、5,6人分くらいある気がするんだけど」
「うん。もうすぐエルとフランくんがケーキ屋さんから戻ってくるし……あと、多分そのうちミシェルさんも帰ってくるよ」
「え、そうなの?先に食べて良かった?ダメじゃない?」
「うん。ダメだよ」
「うんって……」
「だって何も言ってないのにルカが勝手に食べ始めるから」
「僕が来た途端クラッカー鳴らしておいてそれはないでしょ」
「あれは……つい。勢いで」
「そんなに祝いたかったんだ?」
「当たり前だよ!」
「あ、そう……それはありがとうね……」
珍しく面食らうルカが面白くて、それだけでも今日家に招いた甲斐があったなと思う。
来年は、こんな風にお祝い出来るか分からないから。
その時、もはやノックではない激しい扉の音がした。ケーキ屋へ行った2人が帰ってきたのだろう。
「ただいまー!あ、ルカくんもう来てたの!?遅くなってごめんねー」
「お帰りなさい。2人がケーキを?わざわざありがとう」
「フランがね〜ルカくんのケーキ以外にも夢中になっちゃって。それで遅くなっちゃった」
「……悪いと思ってるよ」
「本当は僕が行こうと思ってたんだけどね。流石に手が足りなくて2人にお願いしたんだ」
というのは嘘ではないけれど、実は僕は未だ一人で買い物に行ったことがない。
危ないから一人では行かせてもらえない、が正しいんだけど。
流石に心配しすぎな気もするが、皆が僕の身を案じるのも理解は出来る。エルとフランくんなら尚更。
だから、今回も2人に頼んだというわけだ。
「次は僕が行くから!」
「ん?次があるの?」
「こらアデル!」
「あ」
「あーあ……」
「あはは、何も聞こえなかったよ。でも、そうだな……じゃあ、次はうちに来てよ。今度はちゃんと僕が主催するからさ。その時にヴァルトシュティンのお菓子屋さんで何か買ってきてくれたら嬉しい」
そんなわけで、来年に僕の初めてのお使いが決定した。
逆に言えば、まだあと一年も一人で買い物すらさせてもらえないということになるけど。
ヴァルトシュティンはハイゼンベルクのあった街。
更に僕の故郷でもある。ルカを見送りに、久しぶりに向こうに帰るのも悪くはないだろう。
そんなことを思いながら、少し冷めてしまった料理を口に運ぶ。
「ん~~美味しい!これ本当にアデルが作ったの!?ほら見て、フランもこんなに黙々と食べて……」
「人を動物みたいに言うな」
「はは、本当だ」
「ちょっと」
すっかり仲良くなった3人を見ていると、彼らが同学年であることを再認識させられる。
(次はクラウスも来れると良いな)
「はー、美味しすぎてミシェルくんの分残しておくの忘れそう」
「こんな時まで仕事なんて、あいつも変わったね」
「まだまだシュテルンにはやることがあるみたい。帰ってくるの夜中かもしれないし……全部食べちゃっても良いよ。ミシェルさんには別で何か作っておく」
「じゃあ、せめてケーキだけは残してあげようか」
「さんせーい!」
「あいつ甘いもの好きじゃなくない?」
「あ、そうだった」
皆が一様に顔を見合わせる。そして次に出た言葉は、
「……ま、いっか!」
その日の夜遅く、疲労困憊で帰ってきたミシェルさんが、残ったケーキをほんの少しだけ嬉しそうに食べていたことは、多分本人には秘密にしておいた方が良いだろう。
何にせよ、僕達がルカとこの国で過ごせる期間はあと少し。
数年ぶりの生まれ故郷に、彼は何を思うのだろうか。今僕が願えるのは、ただひたすらに彼の心の安寧だけだ。