#3 春の夢
- 紅屋 翠
- 2022年4月1日
- 読了時間: 8分
「おや、君から声をかけてくるなんて珍しいこともあるんだね」
「ちょっとお願いがあるんです」
「僕は魔法使いじゃないんだけど?」
「でも、きっと貴方なら出来ると思って。
今日だけ……いえ、ほんの数時間だけで良いんです」
「……それ大丈夫?流石に怒られると思うけど。“神”だって許してくれるか分からない」
「ミシェルさん本人が言ったんですよ、『なってみたい』って。それに、ちょっと面白そうじゃないですか」
「相変わらず悪戯心が過ぎるねぇ、君も」
「ふふ、貴方だって人のこと言えませんよ?」
「どうなっても僕は責任取らないからね」
「ええ、勿論!」
「まぁ、少なからず“そこの君”は責任の一端を担っていると思うけど」
「……4月1日も、私にとって立派な記念日になりそうです」
「頭痛い……あれ、ここは……学校の庭園……。
そうだ、確か誰かと一緒にお茶をしてて……思い出せない……。えっと、僕は……」
「……ちょっと」
「え……?」
「さっきから何を一人で喋っているの? 人の話もまともに聞けないなら帰る。
……はぁ、本当に時間の無駄」
気が付くと、目の前には見知らぬ少女が座っていた。

「え、あの……」
「……は?何よ」
「ご、ごめんなさい……。あの、ここってシュテルンツェルトですよね……?」
「引き留めるにしても、もう少しマシな冗談にしてくれる?
当たり前でしょ、ここはシュテルンツェルトよ。
そんな事も分からないなんて、もう一度転入してくるところからやり直したら?」
「…………」
よく見ると、確かに彼女が着ているのはシュテルンツェルトの制服?のようだ。しかし……。
「こ、混乱してて……」
「そう。有意義な話が出来ないなら、もう行っていいかしら。やっぱり転校生の世話なんて私には無理だわ。
貴方なんかの相手をしていられるほど、暇じゃないの」
彼女の言葉に棘があるのはともかく、どうやらここはシュテルンツェルトで間違いないらしい。
……そして、僕は目の前の彼女を知っているような気がする。
まさか、と思いながら頭を捻っていると、遠くから話し声が近づいていることに気付いた。
「……ほら、早く行きましょう。 今日こそ彼女にも付き合ってもらわないと。
彼女はポラール、貴方は伴奏なのだから。 2人の息が合わないでどうするんです」
「そうだけどさ……」

「ミシェルさーん、ごきげんよう。 ……まぁ、アデルさんもいらしてたんですね!」
「えっ……は……!?」

「ユ、ユリさん……!?それにフランくん、で…… 本当にミシェルさん!?」
「急に大きな声出さないで、煩い。 ……で、2人は何の用?」
「何の用?じゃありませんよ。今日こそ合唱練習に参加してください。 彼女が困ってるんです。
ね?フランチェスカ」
「困ってるも何も、悪いのは貴女でしょ? あんな伴奏じゃ、合わせられたものじゃない」
「ほら……だからやっぱりもう良いって、ユリア……」
「…………」
これは夢だろうか。 いや、寧ろ夢じゃなかったら説明がつかない。
そもそもユリさんはいないはずだし、 その“ユリ”と思わしき人は、隣のフランくん?を「フランチェスカ」と呼んでいる。
そして彼女は「ユリア」と言った。 極めつけは「ミシェル」だ。彼女……だけは何から何までおかしい。
しかも最悪なことに、「当時」の状態のようだ。
(これが例の……いや、少し違うけど……女の子だし……)
「ちょっと、そこの呆けてる貴方。 ユリアとフランカを追い払っておいて。じゃあね」
「え、あ、ちょっと待ってくださいミシェルさん……!!」
「うーん、今日もダメでしたねぇ……。 今度は罠でもしかけましょうか。
クラリスとエリーゼにも手伝ってもらって」
「もう良いって。本番当日に私が合わせれば良いだけだし」
「そう言って彼女が一人で暴走するの、何回目だと思ってるんです?
そろそろどうにかしないと歯止めが……って、あぁそうだ」
(本当に一体どうなって……シュテルンツェルトが女学園になってるってこと……?
じゃあ僕は……?僕も女の子になっ――)
「アデルさんアデルさん」
「え、は、はい……!!」

「……貴方はアデリーヌ、ではありませんでしたね」
「え……?」
「大丈夫です、もうすぐ終わりますから」
「ユリさん……もしかして……」
「ふふっ、ちょっとした悪戯です。 勿論、それが分かっているのは私だけですが」
「何よ、2人でこそこそと……。 ところで、あんたはミシェルと何してたの」
「いや……多分2人でお茶を……?」
「よくあんなのと2人で……」
「ま、まぁあの状態のミシェルさんは初めて見たけど……」
「あの子はいつもああでしょ」
「"本物"はもっと怖いんですよ。だからアデルさんに会わせるなら女の子の方が良いと思って――」
「……あの、ユリさん」
「……はい、なんでしょうか?」
「えっと……」
「………?」
「多分貴方のことだから、"また消えちゃう“と思うので……今のうちに言っておいても良いですか?」
「……!」
「これはきっと夢だけど……それでもまた会えて嬉しいです。貴方は今日、ポラールじゃなかった。
"ユリ様"じゃなかった。
ほんの少しだったけど、ちゃんとユリさんが1人の生徒として、1人の人間としてここにいる様子が見られて本当に良かったです。姿形なんて関係ないとよく分かりました」
「……ふふっ、ああもう……。
本当、貴方には敵わないですね……」
「まぁ、ミシェルさんに関しては“今”の方が良いんですけど……普通に傷付いたし……」
「そうですねぇ……実は彼に関してはちょっと想定外だったんです。彼は年齢まで異なりますからね。
黒猫さんの計らいでしょうか」
「黒猫って……」
「……勝手に暴走するのは貴方も同じね?ユリア。それとあんたも」
「あ、ごめんフランくん」
「は?何その呼び方」
「今日はエルと一緒じゃなかったんだね」
「エルって……エリーのこと? あの子なら今クラリスとレオナと一緒にいると思うけど」
「あ、レニーもいるんだ……!!良かった」
「ねぇユリア……なんか変だよこの子」
「エリカとルクレツィアもいますよ。 ただ、もう時間が……」
「あ、そっか……」
「まだ明るいけど、もうすぐ5時。早く戻らないと」
「5時……か」
「……」
「嫌だなぁ。またこんな思いをするなんて」
「……ごめんなさい、アデルさん。 一度で良いから、どうしても貴方と“普通の友達として”お話してみたかったんです。想定外のこともありましたが……」
「分かってます、大丈夫。ユリさんのやる事がちょっと変なのは、皆から散々聞いてますから」
「え?」
「何でもないです。あれ……?なんか視界が……」
「また、時間ですね。 ……アデルさん、ありがとう。頂いた言葉は忘れません」
「また会いましょう。……いつか、どこかで」
「ユ……リさ……」
「おーい、時間だよー」

「おはよう。良い夢見れた?」

「え、ナハト……!?」
「やっほー。君と会うのは久しぶりだね?」
「なんで君がここに……それにその格好は……」
「絶賛仕事中なんでね。はー……それにしてもまさかこんなことになるとは僕も思っていなかったよ」
「ナハトがやったことじゃないの?ユリさんも想定外だって……」
「うーん……僕がしてるのはもっと上の存在の話かな。まぁ、それはそうとして、彼の願いだったのは事実だよ」
「でも、まだフランくんともお別れ出来てなかったのに突然引き戻すなんて……他の皆とも会えなかったし」
「夢とは得てして綺麗な終わり方はしないものさ。 良いところで目が覚めるなんてよくある話でしょ?
言いたいことが言えたなら別に良いじゃない」
「まぁ……そうだけど」
「さて、僕ももう行くね。まさかここに戻ってくることになるとは思ってなかったんだから」
「あ、うん……僕も帰らなきゃ……」
「家で待ってるのが“さっきの”じゃないと良いね」
「え、嘘、大丈夫だよね……!?ちゃんと戻ってるよね!?」
「っはは、どうだろうね?」
【2023/09/03 追記】
勢いに任せて鍵を差し込み、扉を開ける。
ナハトにあんなことを言われては、彼の状態を確かめないわけにはいかない。
「ミシェルさんミシェルさん!」
「んー……」
家の中に入ると、居間の方から彼の寝ぼけた声が聞こえる。
そこに滲む疲労感を除けば、いつもと変わらぬ「男の人」の声だ。
「はぁ……良かった」
「あぁ、アデルくんおかえりー……」
「ごめんなさい、起こしちゃったみたいで……」
「いや……平気。で、どうしたの」
「あ……ううん、やっぱり何でもないです」
「えー。絶対何かあったじゃん」
「……ミシェルさん疲れてるので。夕飯の時にでも話します。
だから、気にせずもうひと眠りしちゃってください。ここ数日まともに寝てないんですから」
「んー……じゃあお言葉に甘えてあと1時間くらい寝るかな……」
「あ、床じゃなくてちゃんとベッドで寝てくださいね」
「えーめんどくさ……」
「はいはい頑張って!寝室はすぐそこでしょう」
「向こう行ったらもう一生起きれない気がする……」
「じゃあ耳元でこう……フライパンを叩いてみたりとかするんで」
「うわー……分かったよ」
「じゃ、おやすみなさい!」
「……また変な夢見なきゃいいけどなー……」