#14 南極星
- 紅屋 翠
- 9月11日
- 読了時間: 3分
更新日:9月11日
「別に、大丈夫だから」
そう言って舞台へ上がる彼を、僕は止めることが出来なかった。
サイズの合わない衣装。歩きにくそうな裾。見慣れない金色のリボン。
柔らかなヴェールは、彼の乏しい表情をより一層不明瞭にした。
君の場所は、そこじゃない。君には似合わない。
……いや、そうではなくて。
誰もが目指していたはずの栄光の極星。
それをそんな風に言うなんて、きっと僕は端から「ポラールシュテルン」なんてものに拘りはなかったのだろう。
昔から自分には程遠い存在だと思っていたし、それに必死になる程の熱量は、僕には無かった。
だって、僕らの隣には初めから一等星がいたんだから。
勿論、一度くらいは憧れたものだけど。けれど所詮は憧れ程度だ。
それはきっとフランも同じだった。と、思う。
ポラール選抜にもパート分けにも不満を抱いたことはない。今年も例年通り、二人揃ってソプラノで。
飽きもせず、どっちが先にアルトになるか、なんて話をしていた。
「フラン、ソロをお願い」
「……分かり、ました」
こんな時だというのに、多分、僕は少し期待していた。そして嬉しくもあった。
だって6年間揺らがなかったポラールが、今、目の前で、不測の事態とはいえ代わろうとしている。
「……クラウスは?」
という言葉は、2人で静かに飲み込んだ。
でも。
甘かった。僕達は、「彼ら」にとってただの子供じゃなかった。
知ってる?
「子供であること」は、大人から無条件に優しくされる理由にはならないってこと。
僕は知らなかった。
僕らが「ユリ・アンデル」という存在に守られていたことを。
様々な好意、悪意、それ以外の全てから、ユリが守ってくれていたことを。
彼の魔法が解けた時、全てを理解した。もう、後の祭りだったけど。
刃は容赦なく舞台上に降り注ぐ。
「ユリのソロを楽しみにしていたのに……」
「ポラールが代わったなんて聞いてないぞ」
歌は止まらない。一度零れた悪意も止まらない。
今、君はどんな顔をしているの。
どんな顔で、どんな気持ちで歌っているの。
われらをあわれみ給えだとか、われらに平安を与え給えだとか。
ねぇ、フラン。
僕達は、ずっと子供のままでいようよ。
喉の違和感には蓋をして。
乱暴に彼の肩を抱き、舞台を後にした。
背後からはどよめき。拍手は聞こえなかった。
北極星
「ポラールになんてならなくて良いよ。……大人にも」
【あとがき】
お久しぶりでございます。唐突なSS!
今回は、ポラール代理になったフランを憂い、そして初めて「大人」という名のユリ信者の本心を目の当たりにしたエリアスのお話でした。
う~~~ん暗い!しゃ~ないか。だって大切な幼馴染を傷付けられているんだし。
エリアスは観客に向かって文句の一つも言わないので、彼らよりもよっぽど大人です。
でもここだけの話、こういう観客って稀にいるんです、本当に。(流石に公演中に声を荒げたりはしませんが)
絶対的ソリストであるユリが表に立つことで合唱団についての感情は全て彼に向き、その結果一般生徒には大きな影響がなかった……という意味での「ユリの守護」
勿論それはユリが気の毒で仕方がないですし、本人が自主的に守っていたというわけではありません。結果的にそうなっていただけで。
あと実は北極星って一等星じゃないんだよね〜二等星らしい。なんでや。(文脈上ユリ=一等星ってことにしてます)