#13 6月の輪舞曲
- 紅屋 翠
- 2024年6月25日
- 読了時間: 6分
更新日:2月15日
「エルくん、お誕生日おめでとう!」
「わ、凄い!これ、皆で作ったの?ありがとう!」
「エリアス先輩!誕生日おめでとうございます!」
「あはは、メルまで?どうもありがとう」
「お誕生日おめでとう、エリアス。これ、貴方宛てのお届け物。今年も凄いわね」
「え?あぁ……はは」
可愛らしく包装されたプレゼントの数々は、一目で女性からのものであることが分かる。
今年も沢山のお客さんが、僕に贈り物を用意してくれたらしい。
しかしその中でも異様に目立っているのは、黒地に金のロゴが施された紙袋だ。
少し中を覗いてみると、メッセージカードに「M」の印字。
「お客さん達の顔を立てる気は全くないんだな……」
誰が見ても分かる高級品を無遠慮に送り付けてくる“先輩”に苦笑する。
やれやれと思いながらあたりを見回すと、さっきまでそこにいたはずの幼馴染の姿が見えない。
「……全く」
あいつが何を思って姿を消したのかなんて、考えるまでもない。
どうせ部屋でいじけているに決まっている。
さ、早いところ部屋に戻ろう。
今日は良い日だった。毎年こうして沢山の人に誕生日を祝ってもらえることが、どれだけ幸せな事か。
……でも、やっぱりちょっと疲れちゃうんだよね。
「ただいまー…………?」
……当たり前のように期待していたいつもの不愛想な返事がない。
「あれ、いない」
てっきり部屋で不貞腐れていると思っていた僕は、少しだけ拍子抜けした。
ちょっと、まだプレゼント貰ってないんだけど?
「まぁ、いっか」
貰ったプレゼント達をソファの上に並べ、その隣に倒れ込むように座る。
疲れた。
これが幸せな疲労感だということはよく分かっている。
分かっている……が。
そうやって、同じことを何度言い聞かせてきたのだろう。
別に無理をしているとか、自分を偽っているとか、そういうんじゃない。
じゃあ何と言うべきなのか難しいけれど、どちらも等しく僕だというだけ。
その片側を見せられるのは、やはりフラン一人だけなのだろう。
「……どこ行ったんだか」
そうしてあれこれ考えていたら、なんだか眠くなってきた。
今日はもうこのまま寝てしまおうか――

「……やっぱりこっちを……でもこれも……」
どれくらい寝ていたんだろう。
いつの間にかフランが帰ってきている。少しだけ安心した。
「あぁもう……起こさないと……」
……へぇ。なんか言ってる。
これはちょっと泳がせてみようかな。
「でもこれ……絶対笑われるし……」
ふーん。
でも、残念ながら僕ってそこまでは意地悪じゃないんだよね。
なんだかそわそわと部屋をうろついているであろう姿を想像して、少し口角が緩んでしまう。
まずい、そろそろバレるかも。
対面に腰を下ろす音が聞こえる。
それになんか……良い香りがする。
これは…………。
思わず目を開けてしまった。だって、あの子が。
リリーが、そこにいるような気がしてしまったから。
「……は?」
「……なぁに?」
「いつから起きてたの」
青い顔しながら答える彼に、思わず笑ってしまう。
「今」
「どこから聞いてたの」
「んー?」
「だから!」
「絶対笑う~みたいな。その辺」
「はぁ……」
「で、僕に何か御用ですか、フランくん」
「…………おめでとう。誕生日」
相変わらず素直じゃないな。
今更恥じることなんかないのに。もう何度目だと思ってるの?
「はい、ありがとう。見事フランくんがビリです。もう日付変わっちゃうよ」
「だってタイミングが……それに、人前でこんなの渡せない」
毎年この日は、一日中誰かしらが傍にいる。別に自慢じゃないけど。
だから僕が1人になるタイミングは、どうしても自室しかない。
可憐な香りを漂わせる白の花束に視線を落とす。
「これを僕に?フランにしては随分情熱的だねぇ」
「いや、これはリリーの分で――」
「あははっ、よくバレずに持って帰ってきたね。立派な花束。綺麗」
「…………はぁ」
これがリリー宛のものだなんて、そんな事は初めから分かっている。
やっぱり僕は少し意地悪なのかもしれない。
「じゃ、僕の分は?」
「う」
「ねぇ」
「図々しいな……」
バツの悪そうな顔で背中の後ろから渋々取り出したのは、綺麗な小箱。
どうせバレるんだから、初めから出せばいいのに。
「だって今日の主役だし。わー、なんだろうこれ」
「別に大したものじゃない。けど……」
「じゃあすっごく悩んだ大したものってことだ。開けちゃお」
「…………」
「スノードーム……!可愛い!」
「笑わないの」
「なんで?」
「6月だよ今」
「何の問題が?こんなに綺麗で可愛いのに」
「……お前ってそういう奴だったね……」
「今更何言ってんの。ふふっ、早速飾ろー」
クローゼットの上の、紫色のテディベア。その隣。
キラキラと揺らめくスノードーム。中には、くるみ割り人形が少女と共に佇んでいる。
「これ、もしかして」
底を見てみると、小さなゼンマイ。
「……オルゴール」
「やっぱり!なら、曲は……」
可愛らしい音で響くのは、聴き慣れた旋律。花のワルツ。
フランの元に戻り、再び百合の花束を手に取る。
「ありがと、フラン」
僕達の間には、いつだって彼女がいて。
6月が来る度に、僕達はそれを思い出す。
いつも一緒に祝っていたはずのリリーがもういないこと。僕達の罪。
「……アメリアに貰ってきたから。付き合って」
「え」
いつの間にかマシュマロを頬張りながら紙袋を漁っているフラン。
ガサガサとテーブルにぶちまけられたのは、これでもかというほどの大量のお菓子。
……なるほど。今夜は長くなりそうだ。
「仕方ないなぁ」
いつもの癖でつい暗くなりそうな空気を察してか、淡々と夜更かしの準備を始める彼に少し申し訳なさを感じる。
「“誕生日”なんだから。はい、あげる」
雑に口に突っ込まれるチョコレートに咽そうになりながら、彼の気遣いに感謝した。
そうだ。6月は僕達の誕生日なのだから。
「…………あま」
3人分のティーカップ。
白百合の香りが漂うこの部屋からは、僅かに彼女の気配を感じる。
……ような、気がする。