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#12 死が二人を分かつまで

更新日:3月11日

「僕と、結婚してください」



公演は今日も大盛況のうちに幕を閉じた。

だけれど、今日だけはその余韻に浸っている暇はない。


「はぁっ、はぁっ……」


舞台裏にヒールの音が響く。

急がなくては。

先生方とお客様に挨拶をし、楽屋に戻って豪奢なドレスを脱ぐ。

残念ながら化粧をし直す時間はないけれど、最低限の身嗜みは整えた。


彼が、待っている。


時刻は午後9時を過ぎた頃。

劇場の裏口。関係者だけが出入りを許された場所。

そこに、彼はいた。


「ウィル!」


「ははっ、ベアト。そんなに慌ててどこへ行くんだい?」


彼は優しく肩を抱いて言う。


「もう……!貴方が呼んだんでしょう?」


見上げると、ウィルは困ったように笑った。


「おっと、そうだった。……よし、役者は揃った。それじゃ、行こう!」


彼に手を引かれ、劇場から夜の街へ出る。

出待ちの人々の間を縫って、走る。

いつもは時間をずらして1人ずつ出てくる小さな扉から、今日は手を繋いだ2人が出てくるのだ。

明日の記事は一面私達かもしれない。

けれど、それでも良いと思えてしまうほどに私の心は踊っていた。


見慣れた街並みが、いつもよりも輝いて映る。

自然と口角が上がった。

年甲斐もなく、さながら少女のようであっただろうと思う。


「ここまで来れば……大丈夫だろう」


息を切らしながら、ウィルが言う。


「ふふっ……」


「あ、笑ったな?」


「だって。なんだか可笑しくて」


「君と違って、僕は体力がないんだ」


「ええ、知ってるわ」


そんな事を話しながら、今度は横に並んで歩く。

彼が隣にいると、安心する。酷く幸せだ。

嬉しそうに公演の感想を語る彼を横目に、私はやはり、笑みを抑えきれない。

今日は私の生誕記念コンサートだった。


「……ベアト。期待外れだったらごめん」


そう言って案内されたのは、高級料理店――ではなく、彼の家。

まぁ、その家自体が豪邸なのだけれど。


「ここは貴方のお家ね……?」


それは、道中で何となく気が付いていた。


「そう。でも今日は誰もいない。皆外させた。

 君が落ち着かないだろうし、今日はどうしても……2人になりたくて」


上流階級の彼の家には沢山の使用人がいる。初めて訪れた時は、あまりの絢爛さに気後れしてしまった程だ。

けれど、決してそれが嫌だったわけではない。

ウィルからは、裕福層特有の卑しさのようなものが一切感じられないから。

上品で、紳士的で、それでいて庶民の心も理解している。そんな彼が大好きだったから。


「がっかりした?」


「なぜ?」


「だって、君の誕生日に僕の手料理なんて」


「何を言うの、ウィル。私、今とっても幸せよ」


名店の高級料理も勿論素敵だったでしょう。

けれど、私は何よりも彼のことが好きなのだ。

そんな彼が用意してくれたこの晩餐には、どんな名店でも敵わない。

そう告げると、ウィルは少し照れたように、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、改めて。ベアト、誕生日おめでとう!」


揺れるバーガンディーに澄んだグラスの音が響く。


「ありがとう、ウィル。今年もこうして貴方に祝ってもらえるなんて……」


「何を言うんだベアト。来年も、その先だってずっと――」


「ふふ、私と同じこと言った」


「あ」


誰もいない大きな屋敷に、二人の笑い声だけがこだまする。

来年も、その先だってずっと。

そうであったなら、どんなに幸せだろう。

彼の言葉を、本気にしてしまう。本当に、良いのだろうか。

自分だけが浮かれている……そんな事を考えた私に気が付いたのか、ウィルは突然席を立って私の元に近づいた。

そして椅子の横に膝をつくと、


「ベアトリス。僕と、結婚してください」


幸せの、その先の言葉は一体何だろう。

どうして神様は、「最上級の幸せ」を表す言葉を用意しなかったのかしら?


私は泣いていた。


「ウィル……これ……」


銀色に煌めく美しい指輪。中央のダイヤは、涙で滲んでいる。


「僕の気持ち。正確には……二度目だけど」


以前二人で出掛けた時、彼は突然思い付きのように「僕達結婚しよう!」と言い出した。

勿論それも彼らしくて嬉しかったが、その時の言葉とはまるで違う真剣な表情に、私は彼の覚悟を感じた。

悩むことも、迷うこともない。

私にはもうとっくに、ウィリアムしかいないから。


「勿論。私も貴方が大好きです」




喜びのあまり咽せて咳き込んだのだと、そんな呑気で愚かな勘違いをしなければ。

彼は今も――


【あとがき】
キャンディス誕2024です。キャンディスの話を書くならやっぱりウィルとの思い出だよな~と思って書き始めたは良いんですが、あまりにも……あまりにも悲しくなってしまって、別にウィルを死なせる必要はなかったのではと凄まじい後悔に苛まれています。
幸せになってほしかったな……。
21歳で浮浪者になっているので、このプロポーズは20歳かそれ以前ですね。若い。
ウィルはキャンディスよりも3つ年上の男性です。相当な美形であることが想像出来ます。だって「ベアトリス」の彼氏だし。
余談ですが、最近めっちゃウィルだな……という声優さんをお見かけして一人で沸いてました。そろそろビジュアル用意したい。
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